公益財団法人 小佐野記念財団

第28回最優秀作品(中学生の部)

第28回国際交流・国際理解のための
小中学生による作文コンクール最優秀作品(中学生の部)

言葉を知る

北杜市立甲陵中学校 三年 加藤 葉月

 「国境を越えた友情とは何か」これは六月上旬、私が参加した銀河塾という国際交流イベントの討論会で与えられたテーマだ。私はこのテーマを聞いたとき、どのように討論を組み立てれば良いのか全く分からなかった。この討論会には、アジアから様々な国の人々が参加していたのだが、なかなか良い意見が出てこない。ヘイトスピーチの話から、政府間の関係が悪くても、人々の間に国境はないという意見も出たが、結局テーマは深まらなかったと感じた。この日から私の心の中から「国境を越えた友情とは何か。」というテーマが離れなくなった。

 それから一月後、私はバレエのサマーコースのため、二週間パリに滞在した。その間、寮で多国籍の同世代の人たちと共同生活をした。そこで私はある一人の少女に出会った。名前はリンダ。十二歳で香港出身だ。香港出身といってもルーツはヨーロッパで、中国語や英語をはじめ、五ヶ国以上の言語を話すことができる。リンダはいつも一冊の小さいノートを持ち歩いていた。そこには、いくつかの言葉が様々な言葉で書いてあった。リンダはノートに、出会った人の母語を書き留めているらしい。そこで、私はリンダに日本語を教えることになった。こんにちは、さようなら、元気ですか、の三つだ。リンダに頼まれてひらがなで書いていくと、リンダが「かわいい。」と声を上げた。その無邪気な言葉に、私は思わず顔をほころばせた。自分の国の言葉をほめられるのが、こんなにうれしいとは知らなかった。そしてこうも思った。私は他の国の言葉を、こんなに素直に受け入れたことがあるだろうか。リンダは私の書いた日本語の横に発音記号を書いた。そして今まで集めてきた言葉を、次々と読み上げていった。たくさんの言語があり、読み終わるまでに五分はかかっただろう。最後にリンダはこう付け加えた。「こんなに友達がいるのよ。すごいでしょ。」

 その言葉で私の中の何かが動いた。そしてああ、そうだったのかと思った。国境を越えるというのは、地図上の国境を越えることではない。言語による壁、すなわち心の壁、言語により作り出されている文化の壁を越えることなのだと。リンダの場合、相手の言語を知ることこそがその壁を越える手段なのだ。

 しかし、完璧に他の言語をマスターすることは難しい。ましてやこの広い地球の中で、出会った人々すべての言語を覚えることなどできるわけがない。そこで私達をつないでくれるのが、媒介としての英語だ。

 英語は多くの国で必ず教わる言語となりつつある。たとえ全く違う言語を話す人とも、英語によって歩み寄ることができるのだ。その大切さは今回のサマーコースでも強く感じた。相手の言葉を知ることで国境を越えられると述べたが、その「言葉」を理解するにも英語がなくてはならない。英語を身につけることも、国境を越えた友情を育む鍵となっている。

 ここで、パリで今回出会ったスウェーデン人のソフィアの話を紹介しよう。ランチを二人で食べていた時のこと、ふと外国語の教育に話が及んだ。日本では英語を習っていると言うと、ソフィアはそれしか習ってないの、と驚いた。スウェーデンでは、ノルウェー語、フィンランド語、ドイツ語など近隣の国の言語をほとんど習うらしい。「周りの国の人達と仲良くするには、ある程度知っておかないといけない。」とソフィアは言った。

 ここで、日本の人々に問いたい。あなたは韓国語を学んだことはありますか。中国語やロシア語、ベトナム語を話したことがありますか。多分、ほとんどの人が「ない。」と答えるだろう。そして私もその一人だ。

 近年、日本でもヘイトスピーチが増加している。それはいわば言葉の戦争だ。なぜこんなことをしてしまうのか。国同士の中が悪いからだと言う人もいる。そうだろうか。確かに日本と周辺の国との間には、戦争の暗い歴史という溝がある。でも銀河塾で出会った人達も、決して日本との争いは望んでいなかった。相手の国の表面的なイメージなどの、偏見や固定観念に囚われることなく、まず目の前の人と個人としてしっかり向き合うこと。それが大切なのではないか。

 最近はグローバル化が進み、物理的な国境はなくなってきた。それでも人々を隔ててしまう言語と文化の壁は、依然として存在する。特に文化や歴史が作る壁は高くて厚い。しかし、個人と個人が出会うことで、少しずつ切り崩していくことができるのではないか。

 私が国境を越えた友情を育むために大切だと思うのは、相手の言葉を知ることだ。こんにちは、でもおはようでも何でもいい。相手の目を真っ直ぐ見て、心から言葉を伝える。それがこれからの私達に必要なことなのだ。

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